脳内だけに生きて

今の現実は重量感がありすぎて、支えきれない。この世で一番重いのは空白だ。横たわって瞑目し、脳内で馴致した少女を活写している方がよい。街で刃物を振り回すよりは健全だ。彼女がいるだけで暗灰色の世界を駆け抜けて光り差す高原にたどり着ける。朝霧の中で、黒曜石の瞳の彼女を見やりながら、この緑野の高原の光の柔らかさについて話す。標高が高いので肌寒いが、不思議と心地よい。地平線の果てを覆う雲の流れを見やりながら、その向こうの未踏峰の山脈を眺めると、不思議と震える。黒曜石の瞳の少女はこの風景がとてもスリリングだという。「あの山に登ってみたい」。そうつぶやくけど、俺は同意できなかった。俺は登れないのを知っているからだ。最近、ようやくそういう物事の分別が付いたのだ。俺に出来ることと、出来ないこと。たいていは出来ないことに分類される。それに気づくのに時間が掛かりすぎた。